聖書を読むにあたって

【聖書が書かれた言葉】 

旧約聖書はヘブライ語で書かれていますが、新約聖書はギリシア語で書かれています。ユダヤ人たちの固有の原語はヘブライ語ですが、彼らがギリシア語を用いて新約聖書を書いた理由を歴史から考えてみましょう。

アレキサンダー大王の西オリエント地域への侵攻によってパレスチナはギリシア人の支配下に置かれました*1。ギリシア人は従来からユダヤ人が持つ諸権利を保証したことからローゼ(E・Lohse)によれば「エルサレムのユダヤ教団は以前同様支障なしにその祭儀をとり行うことができ(まし)た」*2。確かにエルサレムやディアスポラ*3におけるユダヤ人たちの固有な生活はギリシア人によって暴力的に侵害されるようなことはありませんでした。しかし彼らの征服によりギリシア人特有の精神や文化は被征服地を席捲せっけんし、征服者の言語であるギリシア語が被征服地に於いても公用語とされるに至ったのです。

但しここでのギリシア語とはコイネー・ギリシア語と呼ばれるものであり*4、古典ギリシア語とは違いがあります*5。新約聖書はこのコイネー・ギリシア語で書かれています。つまりユダヤ人にとってこのギリシア語は日常語であることから、彼等の宗教性、及び精神性を理解しようとする場合には時として彼等の固有の言語であるヘブライ語から考える必要が生じてきます。訳語では原語に含まれる意味合いを適切に表現できない場合があることは当然です。このことは英語の諺にある「Every translator is a traitor(すべての翻訳者は裏切者)」が言い表しています。

(*1)ローゼ(E.Lohse)(著)『新約聖書の周辺世界』加山宏路・加山久夫(共訳)、日本基督教団出版局、1999年、17頁参照。紀元前333年にアレクサンドレッタ湾の北方で起こったイッソスの戦いでペルシア王ダレイオス三世を破ったアレクサンドロス大王はシリア-パレスチナを経て地中海沿岸に沿ったエジプトへの進軍経路を確保した。
(*2)同上。
(*3)自国や民族の居住地を離れて暮らす民族の集団やコミュニティーのこと。
(*4)「コイネー」とは共通を意味する。一般に被征服地で使われたギリシア語は文法・用語的にかなり崩れたものであったと考えられている。
(*5)分かり易く言えばプラトンやアリストテレスが用いていたギリシア語のこと。

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