主日の福音

2026年3月22日 【四旬節第五主日ヨハネ11:1-45】

イエス様はラザロが病気であることを姉妹から遣わされた者から聞きました(11:3)。これに対してイエス様は「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」と言われました(11:4bc)。また後になってイエス様は友であるラザロは眠っているだけであることから起こしに行くと言われました(11:11b)。この言葉を聞いて弟子たちはさぞ安堵したことでしょう(11:12)。

しかし当初は死をほのめかし、後になって眠っているだけであると言われたのですから、依然としてイエス様が語ることに釈然としなかったに違いありません。ここでイエス様が言われた「眠っている」はヨブ記を思い起こさせてくれます。そこには、

だが、倒れ伏した人間は/再び立ち上がることなく/天の続くかぎりは/その眠りから覚めることがない(ヨブ14:12)。

とあります。「その眠りから覚めることがない」ということは死を意味します。このくだりを忘れて「弟子たちは、『主よ、眠っているのであれば、助かるでしょう』と言った」とあります。実際にイエス様の言葉通りになったことは何を意味するのでしょうか(11:12)。

弟子たちが「助かるでしょう」と言った通り原語でも未来形の受動態で表現されています。つまり“他者によって助けられるだろう”という意味です。またイエス様は眠っているラザロを「わたしは彼を起こしに行く」と言われました(11:11b)。この「起こす」という言葉は新約聖書全体を通じてここでしか使われていない特徴的な言葉です。イエス様はこれから起こることに対して弟子たちにラザロは眠っているのではないことを「はっきりと - 『ラザロは死んだのだ』」と言われたのでしょう(11:14b)。この言葉をもって死んだラザロが死んだままでいるわけではないということを伝えようとしたのかも知れませんし、またこの表現に弟子たちはさらにイエス様の言葉に困惑したかも知れません。

イエス様は二日も経ってラザロのところへ赴きました。因みにユダヤ人に取って「2」とは“仲間”“奉仕の交わり”といった意味があります。であれば二日とは日数のことだけではなく、イエス様とラザロはお互いに奉仕し合うかのような親しい関係にあったことが暗示されている考えられます。実に使いの者に「あなたの愛しておられる者」と言わせる程であったということです(11:3)。
 

このような友が死んだままで良い訳がありません。ダニエルの預言では、
多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入り/ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる(ダニエル12:2)。

とあります。ここでの“目が覚める”は原語で一般的な動詞です。これに対してイエス様が非常に珍しい言葉でラザロを「起こす」と言われた理由は、ダニエル書に見られる「永遠の生命に入(る)」ということにあると思われます。引用した節の直前には、

その時、大天使長ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。その時まで、苦難が続く/国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。しかし、その時には救われるであろう/お前の民、あの書に記された人々は(ダニエル12:1)。

と書かれています。おそらくイエス様はこの節を踏まえて御自分を「大天使長ミカエル」に、「お前の民の子ら」にラザロを、そして「苦難」にはラザロの病気を当てはめたのではないでしょうか。そして「かつてなかったほどの苦難」、即ち、ラザロが生死を彷徨うかのような病気の時にあってもラザロに「救いは表われるであろう」ということを体現しようとしたのではないかと思われます。

上記ダニエル書の「あの書」…「真理の書」については、

しかし、真理の書に記されていることをお前に教えよう。お前たちの天使長ミカエルのほかに、これらに対してわたしを助ける者はないのだ(ダニエル10:21b)。

上とあります。ここでの「真理」とは原語では“信頼性”“確かさ”といったことを意味します。であれば大天使長であるミカエルに御自分を重ねるイエス様の言葉や祈りや行いを通じてラザロは必ず神様を通じて助けてもらえるという信頼があったと言えるでしょう。それゆえに死後四日も経ち腐敗臭を発するために墓石を取り除けることを拒むラザロの姉妹に(11:39参照)、イエス様は「『もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか』と言われた」と思われます(11:40)。

つまり「神の栄光」こそ信じる者に救いが確実に現われるということであると言えるでしょう。そしてその栄光が現われる時、即ち、終末がイエス様と共に来ているということがこの箇所に織り込まれていると考えられます。まさにイエス様はあえて数日を経てラザロの墓に赴き、「あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるため」の行いをなさったのではないでしょうか(11:42c)。

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