今日の福音で宗教的権威者はイエス様に「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っています。」と言いました(22:16b)。
彼等の言葉はおそらく申命記の、
主は岩、その御業は完全で/その道はことごとく正しい。真実の神で偽りなく/正しくてまっすぐな方(申命記32:4)。
を踏まえていると考えられます。
つまりイエス様のことをまさに神様の如き方であると皮肉を言っているのです。また「(主の)御業は完全」とあるように「その道」、即ち、「神の道」が完全であることはサムエル記と詩編にまったく同じ表現が見られます(サムエル下22:31;詩編18:31)。そのようなことをイエス様は「教える」方であることを「知っています」と語っていることから、彼等はイエス様を信じないどころか随分と嫌味交じりな表現をしていると考えられるのです。
ファリサイ派とヘロデ派の人々はこれだけに飽き足らずイエス様のことを「だれもはばからない方」と言いますが、おそらく話の流れから意味合いとしては「遠慮する」という動詞とほぼ同じである考えられます。この言葉をもって彼等が何を言わんとしたのでしょうか。
この言葉はヨブ記の、
ブズ人バラクエルの子、エリフは言った。わたしは若く/あなたたちは年をとっておられる。だからわたしは遠慮し/わたしの意見をあえて言わなかった(ヨブ32:6)。
を思い起こさせてくれます。
これを踏まえるとイエス様はたとえ年長の宗教的権威者であろうが言いたいことを憚らず、遠慮なく言う方であるということです。
更に彼等は「人々を分け隔てなさらないからです」とその理由を語ります(22:16c)。直訳すると“なぜなら人間の顔に対して見分けない”となります。日本語的に表現するのなら“人の顔色を覗わない”といったところでしょう。このように考えると申命記が思い起こされます。そこには、
裁判に当たって、偏り見ることがあってはならない。身分の上下を問わず、等しく事情を聞くべきである。人の顔色をうかがってはならない。裁判は神に属することだからである。事件があなたたちの手に負えない場合は、わたしのところに持って来なさい(申命記1:17)。
とあります。ここでは直訳すると“人の顔によって問題を掻き立ててはならない”となります。まさにファリサイ派とヘロデ派の人々の言葉と内容的に一致します。これがどう関係するのでしょうか。
引用した申命記を踏まえるのなら福音書記者マタイは彼等をイエス様のことをきちんと判断することなく、まさに偏りをもって見ているばかりでなく、格下にも見ている者たちであったということです。
本来ならイエス様は自分たちの手に負える人物ではないことから、この先のことを神様に委ねなければならなかったのです。しかし彼等はそのようにせず自分たちで判断してしまったのです。その結果、ピラトの裁判を通じてイエス様が十字架刑に処せられることがこの言葉に織り込まれていると考えられます。
この後「イエス(様)は彼らの悪意に気づいて言われた。『偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか』」と言われました(22:18)。ここでの「悪意」をヘブライ語に訳し、その使われ方を旧約聖書に求めると詩編が思い浮かびます。そこには、
善意に悪意をもってこたえます。わたしは彼らの幸いを願うのに/彼らは敵対するのです(詩編38:21)。
とあります。
これを踏まえるとイエス様自身は宗教的権威者たちに敵対する思いはまったくなく、それどころか御自分を通じて神様の真の御旨を理解して貰いたいという善意、即ち、「彼らの救い」への願いがあったということです。
また彼等がイエス様を「試そうと」したことについて考えると、シェバの女王がソロモン王の名声を聞いて彼のところにやってきた場面が思い浮かびます。そこには、
シェバの女王は主の御名によるソロモンの名声を聞き、難問をもって彼を試そうとしてやって来た(列王記上10:1)。
シェバの女王はソロモンの名声を聞き、難問をもってソロモンを試そうと、極めて大勢の随員を伴い、香料、多くの金、宝石をらくだに積んでエルサレムに来た。ソロモンのところに来ると、彼女はあらかじめ考えておいたすべての質問を浴びせたが(歴代誌下9:1)、
とあります。この話は共に「(ソロモン)王に分からない事、答えられない事は何一つなかった。」と結ばれています(列王記上10:3;歴代誌下9:2)。
つまり今日の話の結末は予め暗示されていたということです。まさにソロモン王と同じようにイエス様に「難問」や「あらかじめ考えておいたすべての質問」をぶつけようとも答えに窮することはないということがこの「試す」という言葉に含まれていると言えるでしょう(同上22:18; 21:19b)。このようなことを福音書記者マタイは旧約聖書に基づいて語ろうとされたのではないでしょうか。