主日の福音

2026年8月30日 【年間第二十二主日マタイ16:21-27 】

今日の福音で「(このとき – ペトロが信仰告白をしたとき – から)イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。」とあります(16:21)。この中の「(イエスは)打ち明け始められた」という表現はマタイ福音書にしか見られません。これをヘブライ語に訳すると申命記が思い起こされます。そこには、

わが主なる神よ、あなたは僕であるわたしにあなたの大いなること、力強い働きを示し始められました。あなたのように力ある業をなしうる神が、この天と地のどこにありましょうか(申命記3:24)。

とあります。ここでの「示し始められました」が「打ち明け始められた」に相当します。

この節は「モーセの死」と小見出しが付けられています。ここに表われるようにモーセは神様から約束の地に入れないことを「あなたはそれゆえ、わたしがイスラエルの人々に与える土地をはるかに望み見るが、そこに入ることはできない。」と預言されていました(申命記32:52)。このことがイエス様の言葉とどのような関係があるのか回り道をしながら考えてみましょう。

神様が命じられた通り、「モーセはモアブの平野からネボ山、すなわちエリコの向かいにあるピスガの山頂に登った。」とあります(申命記34:1a)。それは彼が「イスラエルの人々に与える土地」、即ち約束の地を見渡せるようにするためでした。その土地は「ギレアドからダンまで、ナフタリの全土、エフライムとマナセの領土、西の海に至るユダの全土、ネゲブおよびなつめやしの茂る町エリコの谷からツォアルまでである。」とあります(申命記34:1c-34:3)。このことから考えてネボ山とは標高が高い山であることがうかがえます。

モーセについては「主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。」とあります(申命記3:5)。「主の僕」であるモーセがなぜ約束の地の片鱗を見るだけで、その地に足を踏み入れることができなかったのでしょうか。申命記を踏まえれば「あなたたちは、ツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの泉で、イスラエルの人々の中でわたしに背き、イスラエルの人々の間でわたしの聖なることを示さなかったからである。」とあります(申命記32:51)。ここでの「メリバの泉」での出来事については民数記に見られます(民数記20:7-13)。

メリバの出来事についてごく簡単にお話しをしておきます。

神様は民の訴えに対してモーセに「あなたは杖を取り、兄弟アロンと共に共同体を集め、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。あなたはその岩から彼らのために水を出し、共同体と家畜に水を飲ませるがよい。」と言われました(民数記20:8)。しかしモーセは「主の御前から取った」杖で岩を二度打ち、水を出したのです(民数記20:9, 11)。

またモーセは杖を通じた神様の御業であるにもかかわらず、「反逆する者らよ、聞け。この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか。」とあたかも自分が為す業であるかのように共同体に言い放ちました(民数記20:10b)。この後、「主はモーセとアロンに向かって言われた。『あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない。』」と続きます(民数記20:12)。しかしモーセから按手を受け(申命記34:9a)、彼等の後継者となったヨシュアに導かれ民は約束の地、即ち、カナンにたどり着くことができました。

カナンに入るためにはヨルダン川を渡らなければなりません。「ヨルダン」の語源は“ヤーラド”であると言われています。それには“降る”“降りる”という意味があります。であれば地理的に考えて出エジプトの民は東に位置する標高の高いネボ山から降り、ヨルダン川を渡って西方へと進み、死海北西に位置する約束の地と向かっていったということです(ヨシュア24:11)。つまり目的地に行くためにはその名前からモーセではなく、神の救いを意味するヨシュアでなければなかったのではないかと考えられます。

ここでヨシュアという名前をギリシア語的に発音するとイエスになります。このことを踏まえておきたいものです。

ヨシュアという名はエホシャの短縮形でヤハウェの要素を含んだ最古の名であり、この名には「ヤハウェは救う」という意味があります*。この言葉遊びにも思えるようなこともモーセとアロンが約束の地に入れなかった理由として挙げられるかも知れません。旧約聖書を読むにあたって地理と歴史だけではなく、人物名にも留意する必要があります。つまり聖書はユダヤ人のために書かれたものであることから、訳文からだけでは現代人が読み解くことができないこともあるということです。

* マルティン・メツガー『古代イスラエル史』山我哲雄(訳)、新地書房、1983年、74頁、参照。

申命記や民数記を踏まえて考えるとマタイ福音書のみに「打ち明け始められた」と書かれている理由が明らかとなるのではないでしょうか。モーセとアロンのようにイエス様は御自分と共に「近づいた」天の国に生きたまま入れないということが織り込まれていると考えられます(3:2; 4:17)。であれば続くペトロの言動が如何いかに動揺したものであったかを感じ取ることができるでしょう(16:22)。天の国はこの地上で実現するものの死と復活を経てそこに迎え入れられるのです。

確かに小見出しにあるようにイエス様は御自分の死を予告され、弟子たちはそれを理解しました。しかし復活に関してはまったく分かっていなかったということがペトロの言葉をもって表現されていると言えます。そもそもマタイに於いて「復活」という言葉はここで初めてイエス様が語られました。であれば当然と言えば当然です。
しかしそれはペトロ自身が口にした「生ける神の子」(16:16)、またそれ以前に見られる「神の子」の意味を本当に理解していなかったということでもあります(14:33)。これらのことを福音記者マタイは表現したかったのではないでしょうか。

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