主日の福音

2026年7月5日 【年間第十四主日 マタイ11:25-30】

今日の福音でイエス様は「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます」と語り始められます(11:25b)。この「天地の主」という言葉は旧約聖書には見られないことからイエス様特有の言葉であると言えます(マタイ11:25;ルカ10:21;使徒17:24)。

しかし詩編の中で「天地を創られた主」という似た言葉が何度か見られることからイエス様の言葉を詩編に基づいて考えてみたいと思います(詩編12:12; 124:8; 134:3)。

イエス様は「あなたをほめたたえます」と言っていることから、これに続く内容は神様の御業を,たたえるものです。このことを詩編から考えると、

あなたの慈しみは命にもまさる恵み。わたしの唇はあなたをほめたたえます(詩編63:4)。

が思い出されます。

詩編ではこの前で様々な困難な状況にあって精魂が尽き果てていても人は神様を探し、渇き求めるということがうたわれています(詩編63:2)。そして神様を仰ぎ、望むことによって神様の栄光を見ることになります(詩編63:3)。これらにあるように神様の慈しみは人の命を生かす恵みであり、すべてに勝ることから人は神様をほめたたえるのです。

続いて「これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました」とあります(11:25c)。「これらのこと」とはこの節の前にあるように御自分が数多くの奇跡をなさったものの悔い改めない町々に、裁きの日にはかつて神様の怒りに触れた町々よりも厳しい罰が課せられるということです。

この中でイエス様は「裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済むのである」と言われました(11:24b)。「軽い罰」と訳されていますが原語では一語であり、原意の“耐えられる”から派生し、“罪が軽い”を意味するようになったと考えられています。この言葉は詩編の、

なぜ、逆らう者は神を侮り/罰などはない、と心に思うのでしょう(詩編10:13)。

が思い起こされます。神様に逆らい、あなどる者は貪欲で自分の欲望を誇る者と言えます。だからこそ自分には罪も罰もないと思えるのです。これに対し貧しい者は引用した詩編の前で「主よ。神よ、御手を上げてください」と助けを祈り求めます(詩編10:12b)。このことからイエス様は神様に逆らい侮る者には罰が与えられ、信じ祈る者には報いが与えられるということを前提にして話をされていると考えられます。

前半でイエス様は「これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して」と言われました。これを踏まえると逆の内容が詩編に見られます。そこには、

知恵ある人は皆、これらのことを心に納め/主の慈しみに目を注ぐがよい(詩編107:43)。

とあります。「これらのこと」とはこの節の前に見られる“主なる神は貴族らを辱め、乏しい者は高く上げられる”ということを指しています(詩編107:40-42)。このことを考えると神様が御自分の御業や御心を知恵ある者や賢い者の心に納めさせ、慈しみを注ごうとされることは当然あると言えます。

しかしイエス様は反対にそのような者たちには神様の御旨が隠されていると言われたのです。この点を考えなければなりません。ちなみにこうしたことは「聖書の批判的継承」と呼ばれます。

ユダヤ人の歴史を振り返れば預言者を通じた神様の言葉を王や民は等閑なおざりにしてきました。このような時代は終わりを告げ、神の独り子による御自分によって時代が変わったということを強調するためにイエス様は敢えて詩編を思い起こさせるために「知恵ある者や賢い者には隠して」といった表現を使ったとも考えられます。

後半でイエス様は「幼子のような者にお示しになりました」と言われました(11:25c)。この「幼子」をヘブライ語で考えると詩編が思い起こされます。そこには、

幼子、乳飲み子の口によって。あなたは刃向かう者に向かって砦を築き/報復する敵を絶ち滅ぼされます(詩編8:3)。

とあります(詩編8:3)。ここでの「幼子、乳飲み子の口」は前節にあるように「天に輝くあなた(神様)の威光をたたえます」(詩編8:2)。このことを踏まえて福音記者マタイはイエス様の来臨にあたって「父の栄光に輝いて天使たちと共に来る」、「大いなる力と栄光を帯びて天の雲に乗って来る」、そして「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く」といった表現をしていると思われます(16:27, 28; 24:30)。

つまりイエス様が語られた「幼子のような者」とは御自分を素直に信じることにより神様の栄光を現わすようになる者、また、貧しさや苦境にあって神様を信じる以外に生きる希望をもつことができない者のことを意味しているのではないでしょうか。イエス様は「幼子」「乳飲み子」ではなく、「幼子のような者」と表現されていることに留意する必要があるのです。

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